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シリーズ特集「松尾祭」(3)|松尾七社「衣手社」をご紹介(2018-2019年度)

松尾祭特集

2019/2/04

シリーズ特集「松尾祭」 第3回 (2018-2019年度)


松尾祭では二番目に神輿巡幸されます

松尾七社「衣手社ころもでしゃ」をご紹介

千余年にわたり受け継がれる、伝統の京の神輿祭

(取材撮影協力/写真提供:松尾大社六社青年連合会、郡青年会)

※本シリーズの取材撮影は、2018年から2019年度にかけて行ったものです。

 

松尾七社「衣手社」

松尾祭(神幸祭・還幸祭)で神輿巡幸を行う松尾七社。二番目に巡幸される「衣手社」にスポットを当て、衣手社の歴史、神輿巡幸での見どころや魅力をはじめ、地域に根ざした地元氏子区域での独特な取り組みや活動なども併せてご紹介します。

 

衣手社ころもでしゃ(郡)の御祭神、御由緒、氏子区域


衣手神社と衣手社

◎衣手社の御祭神・鎮座地・御由緒

鎮座地:衣手神社(京都市右京区西京極東衣手町)
    衣手社(松尾大社境内南末社)

御祭神:農業や諸産業の守護神とされる「羽山戸神(はやまとのかみ)」と、古くから山城地方の開拓の恩神と仰がれた「玉依姫命(たまよりひめのみこと)」を祀っています。羽山戸神は、松尾大社の御祭神「大山咋神」と兄弟の間柄でも有名です。

例祭日:奉射祭(3月第一日曜日 ※写真右)
    おひたき祭(10月第一日曜日)

御由緒:歌枕で名高い「衣手の森(杜)」の地に鎮座する衣手神社。古来、郡村(こおりむら)の産土神、農耕の守護神として「玉依姫命」を奉る「三宮社」が(創建年代不明)が鎮座していましたが、洪水で何度も流出しました。
明治8年(1875)には、松尾大社境内末社「衣手社」の「羽山戸神(はやまとのかみ)」を合祀。明治11年に、松尾大社の境外末社として「衣手神社」に改称しました。
現在の本殿は延宝7年(1679)12月に、拝殿は嘉永5年(1852)2月に再建されたもので、その後昭和5年(1930)の大修理では、神輿庫、社務所なども改築整備されました。松尾祭の際、衣手神社は衣手社の神輿の御旅所となっています。
境内社:野宮社(天照大御神)
    八王子社(素戔嗚尊の御子神)
    諏訪社(建御名方神)
    幸神社(道祖神)
    山王社(日吉神)

◎衣手社の氏子区域

葛野地区

四之社の氏子区域

 

 

衣手社 郡青年会会長に訊く ―
松尾七社「衣手社」の神輿


松尾七社「衣手社」の神輿

郡青年会会長

「衣手社」の神輿の特色や特徴
神輿の黒轅の先には、六波羅蜜寺を創建し、踊躍念仏の祖として知られる「空也上人」のレリーフがあしらわれています。(※1)
神輿自体は、地元の厚いご好意により、平成28年(2016)に約130年ぶりに大規模な修繕をすることができ、またこれを機に御衣(おきぬ)(※2)も同様に新調しました。
(写真:郡青年会会長 山下太郎氏)

※1 松尾大社の八朔祭では、嵯峨野六斎念仏が毎年奉納されています。
※2 御衣・御絹衣(おきぬ・おきぬい)とは、神輿の屋根に掛ける五色の布のことで、白・黄・緑・紫・赤の順に飾り付けていきます。それぞれ菊紋が入れらています。
(写真下:新調前と新調後の空也上人のレリーフ)

空也上人レリーフ

文化財的にも価値の高い神輿の修復には時間がかかるものなので、平成27年(2015年)の還幸祭(おかえり)の「拝殿廻し」が終わった後、神輿庫には行かず、そのまま駐車場に止まっているトラックに轅を外して積み込みました。その日から修復に1年がかかり、戻ってきたときには、平成28年(2016年)の神幸祭(おいで)の1週間前。大修復となりましたが、前回の修復した明治18年頃の面影もみることができました。(写真下は、解体時に神輿から出てきた明治時代の資料)

解体時の資料

衣手社の鳴鐶

衣手社の鳴鐶

「衣手社」の鳴鐶(なりかん)について
衣手社の鳴鐶(鳴釻/なりかん)(※3)は4つともすべて同じ形状をしています。
また、池田屋事件や禁門の変があった元治元年(1864)の刻印が入っており、現在でもその時代の鳴鐶(鳴釻)を実際に使用しています。


※3 鳴鐶(鳴釻)は全部で4つあり、神輿の轅(担ぎ棒)の先にそれぞれ取り付けられます。上下に揺さぶられることで、板が跳ね美しい音が鳴り、神輿の合図になったり厄除けになるともされています。また、京都独特のこの神輿の鳴釻(鳴鐶)は松尾祭が発祥ともいわれています。

衣手社の法衣やマーク

「衣手社」の法被(袢纏)やマーク
衣手社の氏子地域が「郡村」(こおりむら)と呼ばれていたことから、背中に大きく「郡(こおり)」と記載しています。ちなみに、担ぎ手の帯は「紺」で統一されています。各社と同様、昔は無地だったようですが、各社の区別を分かりやすくするために印字されました。

郡青年会会長

「衣手社」神輿の担ぎ方
「ほいっと」の掛け声や鐶(かん)の鳴り方が、各社に比べテンポが早いのが特徴です。この郡地区はかつて材木問屋がたくさんありました。材木業という職業柄、体格の良い人や力のある人が多く、そのために担ぎ方が自然と勢いあるものになり、現在の担ぎ方へと受け継がれているのだと考えています。

四之社會の皆さん

「衣手社」の組織とは
郡青年会は葛野地区(氏子地区)の方々で構成しており、祭の運営管理すべてを担っています。また青年会を卒業された方には、その後「中老」と呼ばれる形で青年会をサポートしていただいています。
衣手社には、各社のような親会はありませんが、「総代」という名称で青年会のオブザーバーとして協力をしていただいています。

  

― 衣手社 郡青年会会長に訊く ―
松尾祭や神輿に対する想いや考え


衣手社の舟渡し

郡青年会会長

郡青年会会長に訊く、松尾祭に対する想い、魅力とは
年代の違う人たちが力を合わせて、ひとつの神輿を一生懸命に担ぐ姿に感銘を受けています。神幸祭(おいで)の舟渡しが終わった後の爽快感、普段自動車が走る大通りを歩けることなど、日常では体験できない瞬間がたくさんあります。
(写真:郡青年会会長 山下太郎氏)

拝殿廻し

松尾祭では、どんなところに力を入れられておりますでしょうか
基本的には神輿を担いでいるときに、鳴鐶がリズムよく鳴るよう、掛け声に一番気をつけています。
拝殿廻しにも力を入れており、各社様も同じ考えだと思いますが、円を描くように大きく膨らんで拝殿を廻るのではなく、直角に廻るというこだわりを持っています。

 

 

― 衣手社 郡青年会会長に訊く ―
地域での活動や皆様へのメッセージ


郡青年会の皆さん

衣手神社

後世に残したい、次世代に引き継いでいきたいところとは
大きくは2つあり、ひとつは衣手社の伝統を引継ぎ、次世代に引き継いでいくことが大切ということ。それはやがて松尾祭全体の継承にも繋がっていくのものだと思います。
もうひとつは、衣手神社の運営管理です。実は郡青年会が、神社の日常の運営管理をしています。地域の人が集まる神社、この地域になくてはならない神社という認識を引き継いでいければと思います。
2019年の台風では衣手神社は大きな被害を被りました。総代や中老の方々はもちろん、地域の皆様からも多大な支援と寄付をいただきました。これもひとえに地域の皆様が地元の神社を大切に思われているからであり、青年会としてもこの期待と責任にしっかり応えていくことが重要だと実感しています。

(写真上:郡青年会の皆さん)
(写真右:衣手神社と台風被害の様子)

郡青年会会長

氏子区域、地域の皆様へ伝えたいメッセージ
祭は世代を越えた共通の話題となるコミュニケーションのひとつだと考えています。
地域の皆さんが、何らかの形でこの輪の中に入っていただければと思います。
郡青年会では神社を守りながらも、地域との連携も大切にする活動をしています。青年会主催の「子供神輿」では、参加してくれたお子さんにプリントを配布(引き換え券付き)し、衣手神社境内で行う七日開きの模擬店にお越しいただいたりもしています。ほかにも葛野自治連合会の夏祭りには青年会で模擬店出店したり、12月の餅つきのお手伝いなどの地域活動もしています。

衣手社の舟渡し

衣手社の宮入り

衣手社の神輿

松尾祭の見どころや魅力など
春の肌寒さも残る中、担ぎ手が率先して川に入り、神輿を舟に乗せるところは雄壮で見ごたえがあります。もちろん拝殿廻しや、地元での巡幸の様子、神幸祭(おいで)の際の衣手神社への宮入りも見どころだと思います。ぜひその雄々しい姿を目の当たりにしていただけたらと思います。

  

衣手社 郡青年会からのお知らせ


衣手社 郡青年会では、新規の参加者・担ぎ手の方を募集しています。一緒に神輿を担ぎ、世代を超えたコミュニケーションをしてみませんか。神輿を担ぐだけでなく、地元の方々と深い交流ができるのも魅力のひとつです。

地域の方々にとっては、地域のコミュニティに参加していただけるまたとない良いきっかけだと思います。ぜひご友人などお誘いの上、お気軽にお問い合わせ・ご参加してみませんか。

 

《最新情報や連絡先等はこちら》

松尾大社 衣手社 郡青年会 facebook

「https://www.facebook.com/pg/kooriseinenkai/posts/」

上記facebookページからメールにてお問い合せください。

 



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