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シリーズ特集「松尾祭」(5)|松尾七社「宗像社」をご紹介(2018-2019年度)

松尾祭特集

2019/2/06

シリーズ特集「松尾祭」 第5回 (2018-2019年度)


松尾祭では四番目に神輿巡幸されます

松尾七社「宗像社むなかたやしゃ」をご紹介

千余年にわたり受け継がれる、伝統の京の神輿祭

(取材撮影協力/写真提供:松尾大社六社青年連合会、宗像社青年会)

※本シリーズの取材撮影は、2018年から2019年度にかけて行ったものです。

 

松尾七社「宗像社」

松尾祭(神幸祭・還幸祭)で神輿巡幸を行う松尾七社。四番目に巡幸される「宗像社」にスポットを当て、宗像社の歴史、神輿巡幸での見どころや魅力をはじめ、地域に根ざした地元氏子区域での独特な取り組みや活動なども併せてご紹介します。

 

宗像社むなかたしゃの御祭神、御由緒、氏子区域


櫟谷宗像神社

◎宗像社の御祭神・鎮座地・御由緒

鎮座地:櫟谷宗像神社(松尾大社境外摂社/京都市西京区嵐山中尾下町61)

御祭神:福岡県宗像大社の御祭神で、宗像三女神の一神「市杵島姫命(いちきしまひめのみこと/別名:中津島姫命)」が祀られており、河海の女神(海の神・水の神)であることから水難の守護神とされています。また、平安時代に葛野の鋳銭所(現在の造幣局)で造られた鋳銭が必ず奉納されるようになったことから、福徳財宝、金運、財運向上の神としても信仰されています。

例祭日:1月3日

御由緒:天智天皇7年(668年)に筑紫国宗像から勧請されたことにより始まったとされ(創建不詳)、奈良時代大宝年間より「嵐山弁財天社」とも称され鎮座されている名社です。昔より宗像社は、櫟谷社とともに松尾大社の末社であったとされ、平安時代の貞観12年(870)に、宗像神社は葛野鋳銭所(今の造幣局)から新鋳銭を奉納されていたことが記録として残っています。鎌倉時代に入り寛元2年(1244)には山崩れが発生して大堰川が塞がれ、宗像社の鏡石が落ちたという記録も残っています。
古くは秦氏が禰宜として奉仕していたこともあり、明治10年(1877)に松尾大社の摂社となり、櫟谷社と宗像社の2社が1殿に併せる形で祀られるようになりました。櫟谷宗像神社は、松尾大社、月讀神社とともに「松尾三社」のひとつとされています。

◎宗像社の氏子区域

西七条地区(北西野町、南西野町、御前田町、東御前田町、比輪田町、東石ヶ坪町、西石ヶ坪町、北衣田町、南衣田町、赤杜町、北月読町、南月読町、掛越町、土居ノ内町、八幡町、名倉町、市部町、中野町、南中野町)及び吉祥院中河原

宗像社御旅所

古くは「西七条村」とされる地域で、西野町、中野町、東野町の三町で構成されており、宗像社は西野町と中野町、櫟谷社は東野町となっていました。現在の宗像社の轅下(ながえした)は35町内で構成されています。
明治期に入り、四之社、宗像社、櫟谷社、大宮社の神輿と月讀社の唐櫃が着御されることになった西七条御旅所ですが、それ以前は3つの御旅所に分かれていました。宗像社の御旅所は「安阿弥寺(あんなみじ)」本殿の北側に鎮座していたとされています(写真は安阿弥寺に伝わる宗像社御旅所の覚書より)。

宗像社の氏子区域

 

 

宗像社青年会会長に訊く ―
松尾七社「宗像社」の神輿


松尾七社「宗像社」の神輿

宗像社青年会会長

「宗像社」の神輿の特色や特徴
宗像社の神輿の再興は宝暦5年(1755)とされており、2代目は文政5年(1822)、3代目は弘化元年(1844)に再興。嘉永7年(1854)に修復を行った歴史を持っています。
神輿の大きな特徴として、六基の神輿の中で唯一の卯の鳥神輿で、御堂が八角形をした日本でも珍しい神輿をしています(他社は千木型(ちぎ))。また、神輿の金物、彫刻等はお金には代えられないほど、昔ながらの伝統工芸や技巧がふんだんに使用されていることからも価値の高い神輿だと思います。御堂を飾る「羅網」は、前から「松」「桜」「牡丹」「菊」と四季を表しており、四方には御霊を御守りするよう「青龍」「白虎」「玄武」「朱雀」の彫刻が施されています。御衣(※1)については、高級丹後ちりめんを使用しており、平成21年(2009)に新調しました。

(写真上:宗像社青年会会長 古谷隆裕氏)

※1 御衣・御絹衣(おきぬ)とは、神輿の屋根に掛ける五色の布のことで、白綾(白)・欝金(黄)・萌黄(緑)・本紫(紫)・本緋(赤)の順に飾り付けていきます。それぞれ菊紋が入れらています。

宗像社の轅の新調

また、宗像社の轅(※2)については、平成17年卯ノ鳥神輿轅新調奉賛会の発足以来、14年にわたり取り組んでまいりました。そしてこの度、轅下の皆様のご協力のおかげで、平成31年3月に175年(弘化元年)ぶりに新調される運びとなりました。
(写真上は、松尾大社で行われた轅新調における祈願式の様子)
(写真下は、西七条御旅所で行われた轅下の轅新調披露の様子)

※2 轅(ながえ)とは神輿に取り付ける2本の棒のことを指し、担ぎ手は轅を介して神輿を担ぎます。なお、轅下(ながえした)とは氏子地域、神輿を担ぐ氏子の方をいいます)

轅下の轅新調披露の様子

  

宗像社の鳴鐶

「宗像社」の鳴鐶(なりかん)について
宗像社の鳴鐶(鳴釻/なりかん)(※2)南蛮鉄でできており、他社と比べて黒いのが特徴。鐶の板は砲金(真鍮)・砲金(真鍮)・鉄の3枚で構成しており、以前新調時の際行った島津製作所の分析の結果によれば、「特殊な配合素材なため、現在の技術では造れないほど」と言われたことがあるそうです。
かつて還幸祭(おかえり)の拝殿廻しで、鳴鐶の音が愛宕山まで鳴り響いたという言い伝えが残っているほど、美しく鳴り響く音がしています。

※2 鳴鐶(鳴釻)は全部で4つあり、神輿の轅(担ぎ棒)の先にそれぞれ取り付けられます。上下に揺さぶられることで、板が跳ね美しい音が鳴り、神輿の合図になったり厄除けになるともされています。また、京都独特のこの神輿の鳴釻(鳴鐶)は松尾祭が発祥ともいわれています。

 

宗像社の法衣やマーク

「宗像社」の法被(袢纏)やマーク
白装束に身を包み、足袋にわらじが古くからの松尾のスタイルですが、現在では地下足袋です。袢纏の背中には、宗像社のトレードマークである八角に卯の鳥があしらわれています。(藤松弁之助先生によるデザイン)なお、帯は青色で統一されています。

宗像社の神輿の担ぎ方

「宗像社」神輿の担ぎ方・巡幸
巡幸においては、神幸祭(おいで)の西大路七条での辻回し、還幸祭(おかえり)町内巡幸に行われる特別養護老人ホーム前での担ぎ上げの地域貢献です。ほかにも、宗像社の神輿を代々守られてきた方々が眠られている奥の坊墓地での差し上げも行っています。

宗像社の組織構成

「宗像社」の組織とは
宗像社では、宗像社の神事に奉仕することを目的とする「宗像会」があり、「宗像社青年会」はその下部組織の位置づけとなっています。
松尾祭においては、宗像会が神輿の祭事維持管理運行に関する事業を行っており、宗像社青年会は松尾祭当日の神輿渡御の指揮を宗像会から任されて行います。
なお、一般の担ぎ手の方々は、宗像社轅下35町内と吉祥院中河原地区の氏子で構成されています。

  

― 宗像社青年会会長に訊く ―
松尾祭や神輿に対する想いや考え


宗像社の神輿

宗像社青年会長と副会長

宗像社青年会会長に訊く、松尾祭に対する想い、魅力とは
松尾祭は地域住民が代々受け継ぎ大切に守ってきた歴史ある祭です。また他の神輿祭のように、神社の神輿ではなく、各轅下の神輿であることも大きな特徴です。このように地域に長く続いてきた歴史や伝統文化だからこそ、絶やさずに守り続けていかねばならないという想いを持って活動しています。
未来へ継承していくためにも、若い人たちにもっと参加してもらい、この素晴らしい伝統を絶えることなく守っていきたいですね。
あと松尾祭の一番の魅力は、なんといっても京都で唯一の船渡御があることだと思います。祭になると、普段接することのない地域の方々とのさまざまな交流があるのも大きな魅力ではないでしょうか。

(写真は宗像社青年会会長 古谷隆裕氏と副会長 片岡史郎氏)

宗像社青年会の取り組み

松尾祭で一番気をつけていること、神輿に対する想いや魅力など
神輿巡幸において担ぎ手のケガもなく、無事に御霊を轅下にお連れし、また松尾大社へ御霊を無事にお戻しすることが何よりも一番大切なことです。そのためにも氏子地域や警察への配慮や、担ぎ手に起こるトラブルなどにも気をつけて取り組んでいます。一般担ぎ手の方々には、楽しい祭を行ってもらいたいですからね。
それと無事に巡幸することこそ、轅下の財産である神輿を守っていくことにも繋がるのだと思います。神輿を担ぐことの魅力は、神様に直接奉仕できる機会ということだけでなく、轅下の氏子が一つのことを成し遂げることで生まれる達成感や連帯感にもあると思いますね。

 

― 宗像社青年会会長に訊く ―
地域での活動や皆様へのメッセージ


宗像社青年会

宗像社の神輿組み

後世に残したい、次世代に引き継いでいきたいところとは
船渡御も含め、松尾祭の継続が第一です。それと時代とともに変わる道路事情などにも柔軟に対応をすることも大切で、時代に合った巡幸を継続できればと考えています。いままでの松尾祭の歴史の中でも、さまざまな出来事に対応してきたからこそ、続いてきたんだと思います。
あとは、各社の神輿組みも後世に残していきたいですね。各社によって飾り付け方、結び方、絡み方もすべて異なっていることも興味深いところだと思います。

宗像社青年会長と副会長

氏子区域、地域の皆様へ伝えたいメッセージなど
近年高齢化とともに神輿の担ぎ手が減ってきており、後世に引き継いでいくためにも若手の担い手不足が課題となっています。ぜひ各町内の若手の皆さんにご協力いただき、そしてこの地域の祭を一緒に盛り上げて欲しいと思います。また歴史伝統を継承していくためにも、神輿の維持にもご協力いただけたらと思います。
また宗像会、宗像社青年会では、松尾祭以外にも地域貢献活動や奉仕活動もしています。例えば、西大路小学校では地域学習(はばたき学習)の一環として1年を通じて地域の祭や伝統の授業をしており、四之社さんとともに授業や子供神輿のお手伝いにも行っています。

宗像社青年会長

西大路七条の辻回し

西大路七条の辻回し

松尾祭の見どころや魅力など
松尾祭は、良き伝統を伝える歴史ある祭です。六基もの神輿が巡幸する祭であり、京都でも船渡御があるのは松尾祭だけです。ぜひ一度お越しいただき、担ぎ手の熱い想いを見ていただけたらと思います。
神幸祭での舟渡しや拝殿廻しはもちろん、西大路七条の交差点で行われる宗像社の辻回し、朱雀御旅所で繰り広げられる各社の差し上げの迫力は見事だと思います。

(写真上は、宗像社西大路七条辻回し)

  

宗像社青年会からのお知らせ


宗像社青年会では、氏子地域の方で祭の運営や神輿に興味がある方、担ぎ手の方を募集しています。(16歳〜40歳まで)一緒に神輿を担ぎ、世代を超えたコミュニケーションをしてみませんか。神輿を担ぐだけでなく、地元の方々と深い交流ができるのも魅力のひとつです。

地域の方々にとっては、地域のコミュニティに参加していただけるまたとない良いきっかけだと思います。ぜひご友人などお誘いの上、お気軽にお問い合わせ・ご参加してみませんか。お問い合わせなどは、募集のポスターなど町内掲示板、蔵の前などで掲示してます。

 

 

 



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